●とにかく名勝
JRの奈良駅から趣きのある商店街をしばらく進んで行くとある、あまりにも有名な公園。古くからの建築物が多数あり、一般的な公園というよりは文化財という意味合いも強いのだろうが、例えばそれはライドなどの遊具が目に付かなかったことからもわかる気がする。
個人的に中学校での修学旅行以来だから、10数年ぶりの来訪。大仏があることをすっかり忘れていて、まともな観光はまるでしなかったのだが、それが大人になったということかどうかはこれから先のレポートを読んでいただければおわかりいただけることになるのだろう。
●余裕あるじゃん
なにはともあれ、奈良公園といえば自分としてはシカ。どうもライドは見当たらなかったのだが、シカそのものがいるのでそういうことはあまりに気にならない。シカそのものにライドを試みるという手もなくはないが、様々な問題が、むしろシカ側にではなく社会で生きる人間としての自分に起きてくることは予測できるだろう。こういう罠に自分からかかるようなことはしてはならない。ともあれ、のそのそと芝をついばむばかりで、これといったやる気は見られないシカが支配的といえる状況だった。
●魅惑のプレジャー
奈良公園でのシカのえさといえばシカせんべいなのだが、あれは人間としてはかなりまずい。修学旅行で食べたシカせんべいの草っぽい味は女子からの侮蔑の眼差しとともによく覚えている。当時は人間側からシカに歩み寄って行ったわけだが、同じ過ちをもう繰り返したりはしない。無駄なチャレンジングスピリットを維持しつつ、シカせんべいの他に人間が誇るおいしいお菓子を用意してみた。こうしたお菓子をなんの努力もなく食べられるシカがうらやましくもあるが、早速実験だ。
●このやろう
まずはうまい棒。シカがうまい棒をもぐもぐと食べるシーン、頭の中に広がるイメージとしては大変楽しいものがあったのだが、私を待ちうけていたのは残酷な現実だった。シカにうまい棒をすすめてみると、とりあえずは近寄ってくるのだが、鼻先でにおいをかいでそっぽを向いてしまう。まさに「プイッ」と横を向かれてしまう感じだ。自分で勝手にしていることとは言え、これはへこむ。そしてその気持ちを周囲で見ている人たちの「あいつなにやってんだ」という視線が加速させるのだ。
●まじかよ
しかしそれは事前に予測できたこと、そしてうまい棒の味がいくつかあるのはこうした問題に対処するためでもあるのだ。先ほどのコーンポタージュ味は好みではなかったようだが、こんなこともあろうかとチーズ味も準備済み。写真でも確認できるが、うまい棒の色の違いが味の違いを物語る。
が、結果としては写真の通り。コーンポタージュ味と同様にそっぽを向かれてしまった。しかも、先ほどは左、今度は右によけるという動きのバリエーションまでつけられている。
●どりゃー
食べないばかりか人を小ばかにし始めたシカのわがままにさすがの私も怒り心頭、うまい棒は比較的マイルドな味わいのものを選んだのだが、次は一気にハードなカレーせんべいだ。もしもシカが形状で食べ物を認識しているのなら、シカせんべいと同様に平たいカレーせんべいにアドバンテージを見出すことができる。
しかしそんな期待もむなしく、思いが空振るばかりでシカは相変わらずそっぽを向きつづける。特製スパイスが裏目に出た格好とも言えるだろう。
●力尽き果てて
シカの狼藉にもめげず、残りのえびせんべい・ポテトチップを試みてみるも、結果はむなしく終わるばかり。今となってはシカせんべいを食べて無邪気にまずがっていた中学時代がなつかしい。下手に知恵をつけてシカを試すようなことをすると、結局傷つくのは自分だ。
特にポテトチップを試してみた後には、今までそっぽを向くだけだったシカが、尻をこちらに向けて走り去って行ってしまった。人間に同様のことをされた場合にはへらへらと笑って自分を取り繕う術をすでに身につけている私だが、ついにシカにまで見放されたかと思うとさすがにかなしくなってくる。
●確かめて無念
ここまでくると様々な疑念が湧いてくる。そもそもシカは何かを食べたいという欲求を持っているのか、つまりおなかが空いているのかどうかということだ。これまでシカの方に向けていろいろな食材を提案してみた私なのだが、シカがそれを食べ物として認識しているかどうかはわからない。単なる興味で近寄ってはきたものの、取りたてて面白みのないものとしてそっぽを向いているのかもしれない。
そう思って改めてシカせんべいをやってみると、もりもりと食べる。あー。
●鳩はいいよね
シカにそっぽを向かれたポテトチップを砕いて地面にばらまいてみる。すると、シカと私とのやりとりを遠巻きに見ていた鳩たちがやってくるではないか。おいしそうにポテトをついばむ鳩たち、少なくとも私は鳩には見放されていない。そんな風に思って自分を無理に奮い立たせてみる。いいじゃないか、シカがダメならそれはそれで。
そう開き直った自分に、ある１つのアイデアが思い浮かんだ。人間はゼロから出発しようとすると新しいなにかが見えてくるものなのだ。
●サンドウィッチ法
ピーマン嫌いの子供にピーマンを食べさせるため、母親が細かく刻んでハンバーグに混ぜる。私が今回応用したのはその理論だ。好物のシカせんべいでビジュアルイメージを作っておいて、その実先ほどはそっぽを向いたえびせんべいが仕込んであるという一種の実験装置。よろこびとよろこびでかなしみをサンドしているとも言える。
人間と動物の知恵比べはこれまでの歴史でも様々な形で繰り広げられてきたが、その最も不毛な例がこれから成し遂げられようとしている。
●やった！やった！
緊張しながらシカサンドを試してみる私、するとシカは何の疑いもなくもしゃもしゃと食べ始めるじゃないか。少し経って心なしか「ん？なんかヘンだぞ？」という顔をして食べているようにも見えるシカ。そうさ、きみの食べているのはただのシカせんべいじゃないからね。
受けつけない食べ物を無理に食べさせるのは動物にとってどうなのかという気もするので、実験はあくまで１枚のえびせんにとどめたのだが、尻を向けられたことに対するリベンジは十分に果たしたと言える。
●勝利の凱歌
ひとつの闘いは終わった。表面的な目先のシカせんべいに騙され、ポリシーを守り通せなかったシカの負けである。仮に私がえびせんべいでサンドされたシカせんべいを目の前に見せられたとしても、食べないでいる自信はある。
余ったシカせんべいを鳩にやってみると、これも鳩は食べる。好き嫌いなく食べるのは好感が持てるが、シカせんべいなのに、というもやもやを感じさせる節操のなさでもある。(01/08/27)